なぜ優秀な院長ほど、スタッフマネジメントで失敗するのか

クリニック採用スタッフ管理

社労士・経営コンサルタントが現場で見てきた「共通の落とし穴」


【はじめに】私が数多くの院長から相談を受けて気づいたこと

私は25年以上、医療機関の開業支援と経営コンサルティングに携わってきました。社会保険労務士・行政書士として、また株式会社エム・クレドの代表として、これまで数多くのクリニックの立ち上げと成長を支援してきた中で、ある共通の課題に何度も直面してきました。

それは、医療技術は一流なのに、スタッフマネジメントで苦しんでいる院長があまりにも多いという現実です。

「スタッフが指示待ちで、自分から動いてくれない」
「何度言っても患者対応が改善されない」
「気づいたら優秀なスタッフが辞めていた」

こうした相談を受けるたびに、私は院長先生方に同じことをお伝えしています。

「先生、それはスタッフの問題ではなく、マネジメントの問題です」


【第1章】院長が陥る「解決脳」の罠

なぜ「正しいアドバイス」が逆効果になるのか

コンサルタントとして現場に入ると、こんな場面によく遭遇します。

スタッフが院長のもとに相談に来ます。
「先生、最近患者さんからのクレームが増えていて、どう対応したらいいか悩んでいるんです…」

すると院長は即座にこう答えます。
「それはこうすればいい。まず受付マニュアルを見直して、次に…」

院長は親切心から、的確な解決策を提示しています。しかし、スタッフの表情は晴れません。なぜでしょうか?

男性脳と女性脳の根本的な違い

私が長年の現場経験から確信していることがあります。それは、院長(多くは男性)とスタッフ(多くは女性)の間には、思考様式の根本的な違いがあるということです。

院長の「解決脳」

  • 問題が発生したら、すぐに解決策を提示したい
  • ロジックと結果を重視する
  • 効率的に物事を進めたい

スタッフの「共感脳」

  • まず話を聞いてほしい、わかってほしい
  • 感情や人間関係を重視する
  • 「自分の気持ちを受け止めてもらえた」という安心感が欲しい

先ほどの相談場面で、スタッフが本当に求めていたのは「解決策」ではなく、「院長に話を聞いてもらうこと」だったのです。

これは、私が開業支援の現場で何度も目撃してきた、異文化間コミュニケーションの失敗そのものです。


【第2章】私が現場で見た「しくじり事例」とその教訓

コンサルタントとして、私は多くの院長の「しくじり」を間近で見てきました。ここでは代表的な事例と、そこから導き出される教訓をお伝えします。

事例1:厳しい指導が裏目に出たケース

状況
ある院長が、スタッフの接遇改善のために厳しく指導しました。「仕事は遊びじゃない。もっと緊張感を持って!」院長自身、厳しい環境で成長してきた経験から、「厳しさが人を育てる」と信じていたのです。

結果
スタッフは委縮し、モチベーションは下降。さらに自発的な行動が減り、指示待ち状態が悪化しました。

私が院長に伝えたこと
「先生、厳しさで人は育ちません。先生ご自身は厳しい環境で『何くそ!』と思えたかもしれませんが、それは先生の成功体験であって、万人に当てはまるものではありません。結果ではなく、プロセスを評価してください。『あなたが患者さんのために工夫してくれたこと、私は見ていたよ』という一言が、スタッフを変えます」

事例2:「わかってくれるだろう」という思い込み

状況
患者の要望に応えるため、院長が診療開始時間を30分早めることを決定。スタッフには前日に通知しました。

結果
翌日から不穏な空気が漂い、後日「子どもの送り迎えができなくなる」「家族の朝食を作れない」といった不満が噴出。

私が院長に伝えたこと
「先生、決定事項そのものよりも、決定に至るプロセスが重要なんです。事前にスタッフに相談していれば、彼女たちは『自分たちの意見が尊重されている』と感じ、協力的になったはずです。一方的な通知は、『私たちは駒扱いされている』というメッセージになってしまいます」

事例3:即座に「答え」を出してしまう

状況
スタッフが職場の人間関係について相談に来た際、院長がすぐに具体的な解決策を提示しました。

結果
スタッフは不満そうな顔で部屋を出ていき、その後も同じ悩みを繰り返します。

私が院長に伝えたこと
「先生は優秀だから、すぐに答えが見えてしまうんですね。でも、話すのは2割、聴くのは8割を心がけてください。スタッフは解決能力がないわけじゃない。ただ、話を聞いてほしいだけなんです。先生が『うんうん』と頷いて聞いてくれるだけで、彼女たちは自分で答えを見つけられます」

事例4:上から目線の押しつけ

状況
患者と話す際にパソコンを見ているスタッフに対し、院長が「なぜ目を見て話せないのか」と注意しましたが、改善されませんでした。

結果
スタッフは「また怒られた」と感じ、院長への不信感が増しました。

私が院長に伝えたこと
「先生、『なぜできないのか』ではなく、『私はこう感じた』というIメッセージで伝えてください。例えば『さっき患者さんの表情が不安そうだったのを見て、私は心配になったんだ。もっと安心してもらえる接し方を一緒に考えたいんだけど、どう思う?』と。これなら、スタッフは責められたと感じず、協力しようという気持ちになります」


【第3章】私が提唱する「4つの小さな習慣」

コンサルティングの現場で、私は院長先生方に必ず実践していただく「4つの習慣」があります。これは決して難しいことではありません。むしろ、当たり前のように見えることを、意識的に、継続的に行うことが鍵なのです。

習慣1:「聴く」— 傾聴に徹する

具体的な実践方法

  • スタッフとの面談では、話すのは2割に抑える
  • 相手の言葉を「オウム返し」する(「つまり、◯◯ということだね」)
  • 解決策を求められるまで、提示しない

私の経験から
ある院長にこの方法を実践していただいたところ、1ヶ月後に「スタッフが自分から相談に来るようになった」と報告を受けました。傾聴は、信頼関係構築の最強の武器です。

習慣2:「任せる」— 自律性を育む

具体的な実践方法

  • 患者アンケートの改善策をスタッフに考えてもらう
  • マニュアル作成をスタッフに委ねる
  • 「どう思う?」と意見を求める習慣をつける

私の経験から
「任せる」ことで、スタッフは「信頼されている」と感じます。そして「与えられた仕事に付加価値をつける」という意識が芽生えます。これが、指示待ちから自発的行動への転換点です。

習慣3:「フォローする」— 失敗を成長の機会に変える

具体的な実践方法

  • 失敗したスタッフを叱責しない
  • 「次はどうすればいいと思う?」と一緒に考える
  • プロセスの努力を必ず認める

私の経験から
失敗時の対応が、スタッフの「再起力(レジリエンス)」を育てます。叱責は萎縮を生むだけ。フォローは成長を生みます。

習慣4:「認める」— 事実+感情で承認する

具体的な実践方法

  • 「◯◯さんが、テキパキと準備をしてくれたおかげで、診療がスムーズに進んだ。私はとても助かったし、嬉しかった」
  • 事実だけでなく、自分の感情も一緒に伝える
  • 結果だけでなく、プロセスを評価する

私の経験から
女性スタッフのモチベーションの源泉は、「存在価値の認識」です。「見ていてくれた」「必要とされている」と感じることが、最大の喜びなのです。


【第4章】評価制度の透明化が組織を変える

社労士として、私は多くのクリニックの人事評価制度の構築に関わってきました。その経験から断言できるのは、評価基準が不透明な組織は、必ず崩壊するということです。

よくある失敗:基準を示さずに差をつける

賞与の時期になると、院長から「スタッフが金額に不満を持っている」という相談が増えます。

私が「評価基準はスタッフに伝えていますか?」と尋ねると、多くの院長が「いや、特に…」と答えます。

これが問題の本質です。

頑張りが評価されていないと感じると、モチベーションは下がります。
評価基準が不透明だと、優遇されているメンバーへの不満からチームワークが崩れます。

私が提案する評価制度の3原則

原則1:評価基準を事前に明示する

  • 何を評価するのかを、年度初めに全スタッフに提示
  • 曖昧な言葉ではなく、具体的な行動基準を示す

原則2:結果だけでなく、プロセスを評価する

  • 「与えられた仕事に付加価値をつけているか」を見る
  • マニュアル作成、業務改善提案などを積極的に評価
  • 患者アンケートの良好なコメントを評価に反映

原則3:評価面談を定期的に実施する

  • 年2回、必ず1対1の面談を設ける
  • 「あなたのこういう点が素晴らしかった」と具体的に伝える
  • 次の目標を一緒に設定する

実例:ある内科クリニックでの成功事例

私が支援したある内科クリニックでは、この評価制度を導入した結果、1年後にスタッフの離職率が半減しました。院長からは「スタッフが自分から『こうしたらどうでしょう?』と提案してくるようになった」という報告を受けています。


【第5章】人間関係のトラブルは「予防医療」の発想で

医療従事者である院長先生方なら、「予防医療」の重要性はよくご存知のはずです。同じことが、組織の人間関係にも当てはまります。

私が後悔した「楽観視」の代償

以前、あるクリニックで、女性スタッフ同士の意見の食い違いを「大人同士だから何とかなるだろう」と楽観視し、積極的な介入を避けたことがありました。

結果、関係は修復不可能なレベルまで悪化し、一人が退職。もう一人もモチベーションが低下し、クリニック全体の雰囲気が悪くなってしまいました。

この経験から、私は人間関係のトラブルは、早期発見・早期介入が絶対に必要だと学びました。

私が提案する「早期介入システム」

ステップ1:日常的な情報共有体制を作る

  • リーダー格のスタッフを通じて、定期的に現場の空気を把握
  • 「最近、気になることはある?」と軽く聞く習慣をつける

ステップ2:火種を見つけたら、すぐ動く

  • 「様子を見よう」は厳禁
  • 関係者から個別に話を聞く
  • 第三者(私のようなコンサルタントや社労士)を介入させることも有効

ステップ3:物理的距離を調整する

  • シフトを変更し、接触機会を減らす
  • 業務分担を見直す
  • 場合によっては、分院への異動も検討

院長の責任範囲

「大人なんだから、自分たちで解決してほしい」という気持ちはわかります。しかし、組織のトップである院長には、チームの規範を維持する最終責任があります。

女性スタッフは「人」につきます。つまり、人間関係の質が、そのままクリニックの組織文化の質になるのです。


【第6章】私が院長先生方に本当に伝えたいこと

25年以上、クリニック経営に携わってきた中で、私が確信していることがあります。

それは、スタッフが活き活きと働くクリニックは、必ず成長するということです。

「ついていきたい」と思われる院長になる

医療技術のトップであることは、もちろん重要です。しかし、それだけでは不十分です。

スタッフから「この先生についていきたい」と思われる院長は、次の特徴を持っています。

  • 人として信頼できる
  • 自分の成長を本気で応援してくれる
  • 困った時に、いつも味方でいてくれる

これが、私が目指すべきと考える「イクボス的マネジャー」の姿です。

小さな習慣の積み重ねが、組織を変える

この記事で紹介した「4つの習慣」は、決して難しいものではありません。

  • 聴く
  • 任せる
  • フォローする
  • 認める

これらを、意識的に、継続的に、誠実に行うこと。それだけです。

でも、これができている院長は、驚くほど少ないのが現実です。

今日から、たった一つでも実践してみませんか?

明日、出勤したら、まずスタッフの話を「8割聴く」ことから始めてみてください。

来週のミーティングでは、「どう思う?」とスタッフの意見を求めてみてください。

今月中に、一人ひとりのスタッフに「いつもありがとう。あなたの◯◯な点が、本当に助かっている」と伝えてみてください。

その小さな一歩が、クリニック全体を変える大きな変化の始まりです。


【おわりに】社労士・コンサルタントとしての私の使命

私は、これまで数多くのクリニックの開業と成長を支援してきました。医療モールの開発、医師の独立開業支援、そして開院後の経営参謀として、多くの院長先生方と共に歩んできました。

その中で、いつも感じていることがあります。

優れた医療を提供するためには、優れたチームが必要だ

そして、優れたチームを作るのは、院長先生のマネジメント力です。

私の役割は、院長先生が「人を活かす経営者」になるためのサポートをすることです。

この記事が、一人でも多くの院長先生の気づきになれば、そしてクリニックで働くスタッフの笑顔が増えれば、これほど嬉しいことはありません。


株式会社エム・クレド 代表取締役
SHIN社会保険労務士・行政書士事務所 代表

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